悲しきアンコール・ワット(集英社新書)
対象版
2004年8月22日 第一刷発行 ISBN 4-08-720256-9 C0236
アンコール王朝の文化遺産について、カンボジアの植民地時代や、内戦がもたらした文化遺跡の盗掘と密売という、別の視点から理解することができる貴重な資料。
カンボジアだけでなく、ベトナム、ラオス、中国北部、チベット、インドからの文化財密輸入の基地としては、最大級がタイ、ついでシンガポール。買い手は欧米人(50%)、タイ人、日本人、台湾人など。(P137)
密輸入には、タイの行政高官、財力のある一般コレクター、エージェントが仲介していたことが公に発覚。
密輸入について、当のカンボジア人やエージェント(タイ人、ベトナム人など)には、当初、密輸入は犯罪という自覚が無かった。カンボジア系のベトナム人が、カンボジア領に入って漁獲(密漁)していても、当事者には密漁という自覚が無いという話も紹介されている。(P80)
その他:名称や地理関係など、誤記、混同がある。
■ 誤記「ローンクルア」
1.
誤:「クロンクルア」
正:「ローンクルア」โรง เกลือ rooŋ glʉa ろーんぐルア:(作業場・塩)「塩の工場」という意味。
この地域を拠点にカンボジアへ塩を供給したことが名称の由来。
Google Maps: Rong Klua Market
P93
「アンロンベンから少し北上したところにオスマッチという国境の町があり、タイ側のゲートの右側にはクロンクルア市場がある。この市場はシアヌーク時代にはカンボジアへの塩の輸出基地だったところで、現在でもカンボジアに向けた物資の重要な輸送基地となっている。」
市場名と国境を混同か?
Google Mapsを見ると、カンボジア側オスマッチ(O-Smach; 地図)の国境をタイ側へ入って右側には「クロンクルア」という市場は見当たらない。
「塩の輸出基地」という記述内容からすると、「塩の製造場所」という意味の「ローンクルア」市場が該当する。
ローンクルア市場は、アンロンベン(Anlong Veng; 地図)を北上したところではなく、アンロンベンのずっと西側にあるポイペト(カンボジア)―アランヤプラテート(タイ)の国境(地図)をタイ側へ入国し、右側にある大きな市場だ。
下記の記述からも、名称について(正)ローンクルア市場を(誤)クロンクルア市場と誤記し、場所についてアランヤプラテートとオスマッチとを混同していることが分かる。
P107
「アランヤプラテートから、幅10メートル足らずの川にかかるクロンルック橋を渡れば、カンボジア領のポイペトの町だ。クロンルック橋の右側手前には、クロンクルア市場がある。」
→ クロンクルア市場といっている場所は、明らかにローンクルア市場のこと。
また、第一文はアランヤプラテート(タイ)からポイペト(カンボジア)に向かった話し。ローンクルア市場の位置は、第一文のようにタイからカンボジアを向いた場合、クロンルック橋の「左側」手前、という表現が正しい。もし、引用の文を正しいとする場合、第一文と第二文とでは、視点が逆であるため、分かり辛い。
ほか
P119
P121
2.
P112
「バンテアイ・チュマールをめざして国道六九号線をひた走る。」
→ バンテアイ・チュマールまでの国道は五六号線。
■誤記 P197
ラテライトと砂岩についての記述に矛盾がある。
P196
「それら(ラテライト、紅土)の硬い材料でつくられた箇所は比較的痛みも少ないが、とにかく砂岩部分の被害が大きい。砂岩は彫刻などに適した細工の容易な石だが、風化しやすいという難点がある。」
P197
「遺跡の土台部分はラテライト。彫りやすいが崩れやすい(日本チーム)」
「新しい砂岩に彫り足していく(中国チーム)」
→ 「彫りやすいが崩れやすい」というコメントは、砂岩のコメント。
■文化財の不法な輸入、輸出及び所有権移転を禁止し及び防止する手段に関する条約(略称 文化財不法輸出入等禁止条約)
1.「たとえば、条約を批准(2002年12月)した日本の場合、中国や朝鮮で旧帝国軍隊が略奪した文化財は、中国、朝鮮に返還しなくてはならない。」(P147)
2.「条約加盟以前に持ちだされたものについては、文化財であろうと骨董品であろうと、生みだした国に戻さなければならないという条文はない。」(P148)
上記の2つの記述は、内容が矛盾している。
Ref.
法案の解説と国会審議:文化財の不法な輸出入等の規制 | 法律情報サイト e-hoki
■国家による文化財の略奪
「文化財の略奪は、古代から、しかも国家の手で大規模に行われてきた。(P160-161)」
(和光大学 前田耕作名誉教授「略奪文化の行方(朝日新聞)」より)
その地で生まれた文化財は、その地に戻すことがふさわしいとの考えが基本ではあるものの、国家による略奪は、結果として、文化財が破壊されずに後世に受け継がれる事例もあると指摘。
イラク戦争時、博物館からの文化財略奪、タリバンによるアフガニスタンのバーミヤン仏像の破壊など、そのから他の安全な場所へ移設、保護がてきていたなら、文化財の破壊を免れた事例は数多い。
■補足
P110
スマイ山 → スヴァイ山
柬語:Phnom Svay
スヴァイはマンゴー(ស្វាយ svay)の意味。
Ref. Phnom Svay Pagoda